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病める無限の芸術の世界

芸術に言い訳する方法ばかり考えています。

グッドマン『芸術の言語』ブックフェア:担当箇所解説

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ネルソン・グッドマンの『芸術の言語』が刊行されて三ヶ月ほど、『芸術の言語』刊行記念のブックフェアが行われます。

以下のサイトに詳細がありますが、私は「芸術作品の真正性」という項目を担当しました。

新しい古典がやってくる!『芸術の言語』刊行記念フェア「グッドマン・リターンズ」特設サイト| 企画:慶應義塾大学出版会 協力:勁草書房

芸術の言語

芸術の言語

 
Languages of Art

Languages of Art

 

 

以下では、あんまりうまくかけなかった解説の補足など。

「真正性 authenticity」というのは、簡単にいうと何かが本物であること。

この真正性という概念は、主に芸術作品の存在論という分野で研究されている。
なぜなら、何かがその何かであること(同一性)というのは、存在論で研究されることが多いからである。たとえば、まったく異なる聞こえを持つ二つの演奏が、その違いにかかわらずなぜ同じ作品に属するのか、など。何がその作品の本質で、何がその本質でないのかを、芸術作品の存在論は問題にする。

真正性という概念は、音楽作品における分析を筆頭に、贋作・複製、アプロプリエーションなどの領域で議論されている。少しずつ見ていく。

まず、真正性という概念はとりわけ音楽作品に関して議論されてきた。
なぜなら、音楽作品という複数的芸術作品は、同一性条件を定めるのが難しいから。なぜ同一性条件を定めるのが難しいかといえば、事例ごとにほとんど違いのない文学作品などとは違い、音楽作品の事例である演奏にはかなりの違いがあるから。
そのため、多くの芸術の存在論者は、音楽作品を個別化するための条件について議論してきた。
一方で、音楽学者たちは、1970年代くらいから、音楽作品の歴史的に最も正しいとされる演奏とはどのようなものであるべきかを考えてきた。それが、historically informed performance とか、historically authentic performance と呼ばれてきた。
そのため、音楽学や音楽美学は、この概念と同一性や例化や個別化に関わる意味での真正性をどう接続するのかという問題も扱ってきた。
これに関しては、今のところ選書した『ニュー・ミュージコロジー』所収のゲーア論文とキヴィ論文くらいしか日本語でアクセスできるものがない。いずれ音楽学の人とかと研究して論文にしたい。 

ニュー・ミュージコロジー: 音楽作品を「読む」批評理論

ニュー・ミュージコロジー: 音楽作品を「読む」批評理論

  • 作者: 福中冬子,ジョゼフ・カーマン,キャロリン・アバテ,ジャン= ジャック・ナティエ,ニコラス・クック,ローズ・ローゼンガード・サボトニック,リチャード・タラスキン,リディア・ゲーア,ピーター・キヴィー,スーザン・カウラリー,フィリップ・ブレッド,スザンヌ・キュージック
  • 出版社/メーカー: 慶應義塾大学出版会
  • 発売日: 2013/04/28
  • メディア: 単行本
  • この商品を含むブログ (8件) を見る
 

その同時期に、主に芸術哲学の文脈で、贋作論が少しだけ流行っていた。
これは明らかにグッドマンが提示した「完璧な贋作 perfect forgery」の問題に端を発している。これに関しては、ぜひ『芸術の言語』をとってどのような想定をグッドマンがしていたのかを見てほしい。
作品の存在論の隆盛、グッドマンやダントーというビッグネームが贋作や複製と同一性の問題を扱っていたことなどが、この小さなはやりを作ったといえる。
日本語で読むには、私の卒業論文を読むのが最もよいと思う。メールください。

ertb.hateblo.jp

そして、近年はアプロプリエーションアートが芸術の存在論の文脈にのりはじめ、真正性概念の研究は徐々に復興しつつある。
アプロプリエーションアートは、簡単にいえば、別の作品と見た目がほとんど変わらないのに、別な作品だとされているもの。シェリー・レヴィーンや、ウォーホルなどが代表例とされる。
僕はやはり美学者としてなんらかの芸術事象に動機づけされていない問題を面白いと感じているので、近年のコンセプチュアル・アートやアプロプリエーション・アートの美学的考察の隆盛はよいと思っている。
こちらも残念ながら日本語ではまだ何も読めそうなものがない。

 

とりあえずばばっと書いたので、あとで追記する。