病める無限の芸術の世界

芸術に言い訳する方法ばかり考えています。

カロル・タロン=ユゴン『美学への手引き』のグッドマンのところ

カロル・タロン=ユゴンの『美学への手引』(文庫クセジュ、2015年)のやつを読みました。まぁ読みやすさはあるけど、たぶん原著ではこれは「(任意の哲学ターム:例えば外延とか)」のことを言っとるんやろなーという語に一般的でない訳語があてられていたり、訳は読みやすさ偏重だなという感じです。

自戒も込めてだけど、なんていうか美学の人は20世紀の人(主にフランス人やドイツ人の)の理論をコネコネして作家や作品になんか語った気になるのではなくて、ちゃんとまず足場になる哲学を学ぼうよという気持ちになることが多々ある*1。ので学んでいるしもっと学びたいと思っている。

まぁ、分析美学の扱いが微妙だというのは知っていた(↓)のだけど、こういう訂正は誰かが入れておかねばならんだろうと思ったのでいれます。

 

くだんの箇所は、p. 123の最後の段落。

たとえば、ネルソン・グッドマンは反本質主義者として、ひとつの対象が美的であるのは、それが五つの「徴候」ないしは指標によって性格づけられるような仕方で象徴的に機能するときだ、と考えます(『世界制作の方法』1978年)。五つの徴候とは、①文脈の厚み、②意味の厚み、③飽和、④範例化、そして⑤多重参照です。ユゴン『美学への手引』(p. 123)①〜⑤は僕が振りました。

原文を確認していない(*追記:しました)のであれですが、グッドマンのいう五つの「兆候」とは、統語論的稠密、意味論的稠密、相対的充満、例示、多重で複雑な表示、です(Goodman, Ways of Worldmaking, 67-68. 和訳, 130-131)。

上から、どのような二つの符号(記号)の間にも三の符号(記号)が存在すること、対象のあらゆる違いをあらわす符号が必ず存在すること、記号のより多くの側面が有意であること、表示が単純でないこと、をそれぞれざくっと意味しています。詳しくは、和訳の前掲ページに説明がのっているので、それだけでも読めばわかると思います。詳しくは今度出るであろう『芸術の言語』の翻訳を見よう。

訳に関して。原文に出てくる引用された文献を原書で読めとはさすがに言いませんが、和訳が存在するうえにそれを文中でしっかり「参照」しているのにこのような訳になっているのはまったく意味がわからないですね。さらに、density[原仏文ではdensité]を厚みとか repleteness[仏:saturation]を飽和とかはわかります*2が、統語論syntacticを文脈、例示exemplifyを範例、表示referenceを参照にしている時点で、訳者の哲学の素養をかなり疑っています。

原文に関して。僕の中でグッドマン美学の主要な「うまみ」は、描写の哲学と存在論の二つにあって、それぞれグッドマンの記号主義的美学が色濃く現れているところだと思うので、そこを引かずに「美的なものの兆候」っていうマイナーなとこを引いてるというだけで、「あ、グッドマン読めてないのでは」という気がしないでもないです。まぁこれは愚痴です。それよりも、ワイツの芸術の定義のあとにこれ出しても「???」という感じにしかならんやろ…というのがでかいです。グッドマンはそもそも芸術を明確に定義することを避けているし(「何が芸術か?」から「いつ芸術か?」に転換させたことを思い出す)、美的なものと芸術をともに記号システムから説明しているけど、明示的に同定はしてない。「美学は美・感性・芸術から成る!」とかいっといてその美的なものと芸術の定義を分けて理解できてないのは結構やばい。

グッドマンは仏語圏だと積極的に紹介している二人の論者がいて、Roger Poivet と Jacques Morizot といい、特に Morizot は仏語圏の分析美学第一人者圏グッドマン紹介者で、グッドマンに関する単著・共著を3冊も出してるのに。

これ以上は愚痴になりそうなのであれですが、やっぱ日本語訳が出ているものくらいは翻訳する際に参照したいですよね。というか全部参照するのが研究者の仕事やろという気がします。

*追記
もう一本日本語論文でこのような誤りをしている論文があったのですが、それは紀要論文だしグッドマンの哲学に興味のある人しか読まないだろうし、グッドマンの哲学に興味のある人なら分かる誤りから成り立っているので、そちらはほっときます。

*1:美学ではなくて最近はやりの近隣の領域ではないか?とか、しっかりとした研究に基づいたそのようなコネコネもあるという反論はもっともだと思います。そういうのは念頭においてないです。あとよくわからんのは、哲学や美学の人がよくやりがちな、ある哲学者の原典以外には参考文献が1つや2つしかないみたいな発表や論文。昔の論文だとこういうの多く見ますね。

*2:仏訳がrepletenessをsaturationにした意味はわからんけど。