病める無限の芸術の世界

芸術に言い訳する方法ばかり考えています。

デイヴィッド・サマーズ「様式」

David Summers, “Style”, in David Summers, Real Spaces: World Art History and the Rise of Western Modernism (London: Phaidon, 2003), 68–72.

英米圏の超安牌アンソロジー所収の論文です。
ずっと美術史に興味があるので、これはいい本だと思ってます。

The Art of Art History: A Critical Anthology (Oxford History of Art)

The Art of Art History: A Critical Anthology (Oxford History of Art)

 

サマーズは、テクノロジーとテクニックを区別します。

  • テクノロジー[technology]:利用可能な変形手段[means of transformation]全てを包括するもの
    テクノロジーの例:16世紀までのヨーロッパの画家はほとんど油絵画家だったが、テンペラ媒体でも仕事をしていたし、二つを組み合わせることもあった。

  • テクニック[technique]:一つの工芸[craft]伝統(=媒体[medium])におけるテクノロジーの局地的適用
    技巧の例:しかし、顔料が望まれる結果を最大限発揮するのは油と混ぜられたときだったために、油絵という媒体における技巧[technique]を発達させた画家一派もあった[ex. フランドルの透明な光沢がけ]。

テクノロジーは、一般的な何かを作る技術。テクニックは特殊な媒体にテクノロジーが適用されて発展したもの。

そのうえで、サマーズの「様式」[style]は、時代様式[period style]ではなく個人様式[personal style]を指示する。
なぜなら、人工物間の相似や類似を説明するために様式を持ち出すと、何らかの包括的存在者が仮定されてしまうため。サマーズは、ある集団によって作られた対象が類似するのは、[様式のせいではなく]似た技巧を学んでいるからだと考えている。

美術においては自筆的な様式[autographic style]が重要であり、それは形式主義的に言うと、芸術家の見通し[vision]を記録し伝えるような、作品の「表現的」性格[個性[personality]]を構成する。


自筆的な様式は、必ずテクノロジーやテクニックの限界の中でしか発達しないので、類似から色々語るんじゃなくてそこら辺も踏まえて話をしようねと述べている。

感想

普通に面白かったです。

類似から色々研究した気になって色々語った気になってしまうってのは、哲学とかでもよく見かけるけど意味わからんと思っています。例えば、シンポとかでよくある「Aの○という概念と、Bの△という概念はある意味似てますよね…。」みたいな。個人的にはで?という気持ちにしかならない。

美術史はものを見る学問なので、類似はまぁ大事だけど説得的にテクノロジーとかテクニックも踏まえましょうねって言ってるのは偉い。