病める無限の芸術の世界

芸術に言い訳する方法ばかり考えています。

セオドア・グレイチック「耳に触れる以上のもの:音楽と芸術」

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Gracyk, T. 2013. On Music. NY: Routledge.
Routledgeから出てるThinking in Actionシリーズの音楽本。
勉強会で読んでます。
今回は第一章で、音楽の定義と音楽は芸術家という問題に関する章。

On Music (Thinking in Action)

On Music (Thinking in Action)

 

読んだのは第一章:“More than Meets the Ear: Music and Art”という論文。

  1. 鳥[birds]
  2. 音楽と音楽的なもの[music and the musical]
  3. 「芸術」に関して[concerning "art"]
  4. 音楽と文化[music and culture]
  5. 美的次元[aesthetic dimension]
  6. 文化・コミュニケーション・様式[culture, communication, and style]

基本的には音楽の定義と、芸術と音楽の関係についての論文。
Gracykが主張したいのは二つ。

  • 音楽[music]と音楽的なもの[musical thing]は異なるよ。
  • 音楽は全てが芸術だよ。

音楽の定義はまず、「組織された音[organized sound]」という定義から始まることが多い。
これももれなくそうなんだが、これだと詩の朗読や鳥の鳴き声などを含んでしまう。

その中でも、鳥の鳴き声[birdsong]を排除する議論。残念だけど詩の朗読に関してはあんまり話がない。

鳥の鳴き声が排除される理由は二点。

  • 音楽と音楽的なものは異なる。
  • 鳥の鳴き声には文化的側面がない。

鳥の鳴き声にはリズムやメロディがあるけど、それだけで音楽ではないよ。なぜなら、がめつい[piggy]男が豚ではないように、音楽的だからといって音楽になるわけではないから。

だが、天球の音楽[musica universalis]のようなものは、音楽的ですらないために音楽ではない。

さらに、鳥の鳴き声は社会的な側面は持っていても、文化的な側面(様式など)を持ち合わせていない。

よって鳥の鳴き声は音楽ではない。

そして、芸術であるという理由も文化という観点から説明されます。
こっちはそんな面白くなかったので割愛。