病める無限の芸術の世界

芸術に言い訳する方法ばかり考えています。

ジェロルド・レヴィンソン「音楽作品とは何か、再び」

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Levinson, J. 2011/1990. "What a Musical Work Is, Again." In Music, Art, and Metaphysics, Oxford: Oxford University Press, 215-63.

長大な論文でした。
分析美学にありがちな結論微修正系の論文。

Music, Art, and Metaphysics

Music, Art, and Metaphysics

 

 

あまり大きなテーゼはない論文。

1980年のジェロルド・レヴィンソン「音楽作品とは何か」以来、レヴィンソンの主張は反論にあってきた。

特に、ピーター・キヴィは三つも論文を書いて反論している。一つはこれ→ピーター・キヴィ「音楽におけるプラトン主義:ある種の擁護」

レヴィンソンは、それに対してすべて反論していく。

そしてパースの構成主義にも反論し、最後自説の強化をする。

ジェームズ・アンダーソンの指摘にも答え、1980年の論文で明らかにされていなかった「指し示し(indication)」についても少し内実を明らかにする。
「指し示し」とは、既存のタイプとしての種を指定し、それを規範化させることであり、規範化されたタイプは始動的タイプと呼ばれる。
そしてその規範タイプである音楽作品は、正しくない事例も認めうるものになる。
それが特定の文化的文脈で行われたとき、この世に新しい存在としての音楽作品が生まれるようになる。

そして結論として、前の論文での定義を修正し、
t -において- X - によって - 指し示されたもの - としての - 演奏された音構造(performed -sound structure as-indicated-by-X-at-t)」という定義を打ち出す。

次回の現音美:Gracyk, T. 1997. "Listening to Music: Performances and Recordings." 3/9日@早稲田大学戸山キャンパス*1

で行います。

現代の僕らは基本的に録音で音楽を聴くことが多いわけですが、その特徴ってなんぞ?という論文です。
例えば、同じものを何回も聴いているけど、それってどういうことかよくわからないし、そもそも同じ演奏なのか、一回一回の再生が演奏なのかなどの問題がある。
そこら辺を扱った論文です。

これ一回でやったあとは予告していたGracykの On Music やりますよ。
こっちは入門書なのでみんなきてくれ。

On Music (Thinking in Action)

On Music (Thinking in Action)

 

参加希望の方はkeitoiwakiri[at]gmail.comないし@ertb_ertbまで

 

*1:宣伝