病める無限の芸術の世界

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デイヴィッド・キャリアー「ヴィンケルマンとペイター――美術史著述のふたつの様式」

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Carrier, D. 1993. “Winckelmann and Pater: Two Styles of Art-Historical Writing.” In Principles of Art History Writing. Penn State Press.

Principles of Art History Writing

Principles of Art History Writing

 

松尾先生の授業で読んだメタ美術史の論文。
メタ美術史という用語は(英語圏でも)多分あんまり定着してない。少なくともウィキペディアにはないし、この用語を自覚的に用いている著作もあんまりない。
というか僕はこのキャリアー先生しかしらない。
けど勉強しようという気持ちはあるので、この本はちょいちょい読もうかなと思っている。

概要


キャリアー先生がとりあげるのは、美術著述(artwriting)*1のレトリック。

その名の通り、ヴィンケルマンとペイターのレトリックを取り上げて検討することで、美術著述の変化を追うもの。

ヴィンケルマンのレトリックは、換喩(metontmy)である。

部分の記述を全体に適用させるのが典型。

それに対して、ペイターのレトリックは、提喩(synecdoche)である。

大きな美術史を想定し、そこに位置づけられるものとして美術作品を捉えている。

基本的なこの区別に対して、二人以外の美術著述(フロイト、モレリなど)を比較していく。

現代になると、主なレトリックはアイロニーになる。

この本自体が、表象のメタ性、自己意識について扱っていて、アイロニーはそれに関わる。

つまり、絵が絵の表象方式を理解したとき自然主義から表現主義になったように、美術著述が美術著述の表象方式を理解したときときにアイロニーがうまれるのである。

メタ性を獲得すると、ひとつの時代は終わってしまう。

キャリアー先生はこのように美術著述のレトリックを分析しているが、このような仕事はあんまりなかったらしい(ホントかな)。

メタ美術史、興味あるので学びたいです。

*1:これは非常に訳語にこまる語。アート・ライティングでいいかと思うんですが、カタカナカタカナしているのは結構ださいから微妙。少なくともこの本ではartの中身が美術だったので美術としました。