病める無限の芸術の世界

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スティーブン・デイヴィス「ロック対クラシック」

Davies, S. 1999. "Rock versus Classical Music." The Journal of Aesthetics and Art Criticism, 57(2): 193-204.

ロック音楽を鑑賞・評価する際には、異なる基準が必要なのかどうか検証した論文。
ボー(Bruce Baugh)のロック論に変更と修正を加えていく。

 

ボーのロックの美学に関する論文("Prolegomena to Any Aesthetics of Rock Music.")は、青本ことアンソロジーにも収録されてる。

デイヴィスはこの論文でそれを終始ぶっ叩いている。

Ⅰ:これまでの論争

ボーの主張

ボーは伝統的な基準ではなく、ロックの基準を採用すべきだと考えている。
なぜならクラシックとロックとではそもそも目的や実践に違いがあるからという主張をする。

  • クラシック音楽は第一にその形式(form)によって鑑賞され、注意は演奏よりも作品に向いている。 
    演奏者は楽譜に従う。
  • ロック音楽においては、演奏が注意の対象であり、それは非形式的性質のために楽しまれ価値がある。
    演奏者は直接の譜面を持たないことも多く、狙っている音響効果(sonic effect)は容易く記譜えされない。

ボーは、ロックの「腹の底にくる」感じを守りたい。

それに対してヤングは、クラシックにもロック同様に非形式的性質はあるし、楽譜に従いはするけど解釈の自由もある、という例をあげ反論する。

再反論としてボーは、ロックの演奏はクラシックの名演奏のようなものではなく、もっと野生の(natural)ものである、と言う。

デイヴィスは以下の章でまとめようとする。

Ⅱ:形式主義と表現性

形式に関する議論と表現性に関する議論で反論する。

形式主義

ボーの論に対して、デイヴィスが叩く。
音楽には必ず形式[ここでは音構造]があるので、それを抜きに[ロック]音楽を聴くことはできない。
さらに、その形式を知覚するのがたとえ知性であっても、認識においては形式的なもの・非形式的なものが含まれているのは変わりない。
ボーは、音の物質性にうったえて、それが非形式的だと論ずるけれど、それが形式と分化しているとは言えない。

表現性

ボーは[なぜか]ロックのルーツが身体的な反応を引き起こすダンスと関わっており、クラシックはそうではないと主張する。
しかし、宮廷の時代にはダンスがクラシックとともに嗜まれるということもあったうえに、クラシックにリズムがないわけでもないので、これは誤りだとデイヴィスは主張する。

Ⅲ:作品・演奏・記譜法

ボーは、クラシックでは作品が、ロックでは演奏が注目されると主張している。
さらに、ロックでは楽曲自体より、ボーカルやソロギターの方が重要だと主張する。
ボーは、ロックの記譜法が厳密でなく、演奏に自由を許していたという点を力説する。

ここからデイヴィスは音楽楽曲を厚い(thick)、薄い(thin)なもので分けようと試みる。
クラシックのような、記譜法や演奏法、器楽編成法の慣習が強いものは、演奏において特定される性質が多いので、厚い楽曲である。
それに対して、ロックのような、演奏において特定される性質が少ないものが薄い楽曲である。
演奏に注意が行くとかではなく、存在論的に楽曲の概念が異なるということでデイヴィスはロックとクラシックを区別する。

Ⅳ:ミュージシャンシップ

クラシックとロックの演奏の違いから、両者を区別しようとしたボーに対して反論する。
クラシックが機械的というわけでもロックが野性的というわけでもない((。
だからボーは違う。

Ⅴ:ロック特有の美学は必要か?

デイヴィスは、最終的にいらないと主張する。
しかし、留保として、低いレベルの美学なら必要かもしれないと言っている。
僕自身わかりにくかったので訳出しますが、

もしその美学を低いレベルにとるなら、つまり、ロック音楽とクラシック音楽を鑑賞し評価するときの、異なる特徴に関心を払う(attend)なら、その答えはイエスになる。

もしその美学を高いレベルにとり、鑑賞と評価の原理(principles)が根本的にその二つの種類の音楽で異なっているとするなら、その答えはノーになる。

何が低くて何が高いんだかわかりにくいですが、原文で両者に共通しているのは、「鑑賞と評価」です。
低いレベルというのは、鑑賞と評価の異なる特徴[腹の底で聞くとか形式を聴いている感じがするとか]に気を払うなら、イエス
その鑑賞と評価の原理に気を払うなら、ノー。

低いレベルが美学とよべるのかはともかく、そういう区分になっている気がします。

感想

この論文だとⅢの存在論が一番おもしろいんだけど、やっぱりロックとかジャズとかを論じるときには、「腹の底!!」とかではなく録音・ソング・作品・演奏とかに焦点をあてて、存在論でやったほうがいいと思う。