病める無限の芸術の世界

芸術に言い訳する方法ばかり考えています。

レナード・B・メイヤー『音楽における情動と意味』

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Meyer, L. B. 1953. Emotion and Meaning in Music. Chicago: Chicago University Press.

音楽美学と音楽心理学で中心的に取り上げられる古典中の古典*1
日本では、音楽美学の紹介は全然進んでいないのだけど、それでもメイヤーに関しては日本語で読める著作がいくつかある。

音楽の認知心理学

音楽の認知心理学

 

 これの中でメイヤー『音楽における情動と意味』の1章が翻訳されているのでそれだけでも読むといいと思います。
メイヤーの主張は大体そこにあります。

精神と音楽の交響―西洋音楽美学の流れ

精神と音楽の交響―西洋音楽美学の流れ

 

あと論文だとこれとか。

永岡都. 2004. 「音楽的意味の生成と音楽における感情の機能 (1): LB マイヤーと P. キヴィによる音楽的感情の解釈をめぐって」 學苑 765: 72-85. 

 

Ⅰ章:理論

絶対主義 vs 参照主義への終止符

メイヤーの偉大な業績一つ目として、絶対主義者(absolutist)と参照主義者(referentialist)の二項対立にひとまずの終止符を打ったというものがある。
これは音楽的意味(musical meaning)に関する話だというのに注意をするべきである。
メイヤーは、音楽的意味は同じ作品の中にどちらも存在するとした。

そして、絶対主義者と参照主義者は、形式主義者(formalist)と表現主義(expressionist)にそのまま言い換えられがちであるが、それも誤りであるとした。

絶対的意味とは、音楽作品に示された知覚の中にだけ存在するものであり、参照的意味とは、何らかの方法で音楽が外的なものを指し示す関係の中にあるものである。

 

情動を詳細に

メイヤーの偉大な業績二つ目は、情動の詳細化である。
これまでは、一般的な意味での感情に関する美学は多くあったが、そこで問題になっていたのは気分(mood)であると指摘した。それは情動(emotion)とは区別されるべきである。
気分とは、比較的長く安定するもので、情動とは、一時的ですぐに消え去るものである。
さらに、そういった感情が分化するということも述べている。
情緒(affect)は「悲しみ」や「喜び」というように、周りの外的状況に結びついて分化される。しかし、音楽における情動は、音楽が何か具体的な外的状況を表すことができないために「未分化なもの」である*2

「予期 - 緊張 - 解放」

そして、メイヤーの業績にして最も偉大なものは、「予期 - 緊張 - 解放」の情動を起こす図式である。聴き手は無意識にしろ、意識的にしろ、ある様式に従った音楽を聴くときに次の音を「予期」している。その予期に対して、音が遅れたり、異なる音が現れたりしたときに聴き手は「緊張」する。そして、その緊張の後に、元の「予期」していた音に戻るなどして、その緊張は「解放」される。

しかし、この図式には一つ限定がついていて、それは、文化的・因習的に従った特定の様式の音楽作品を聴いている場合のみ、というものである。

意味と情動

意味と情動が結びついているのはメイヤーも論じている。
しかし、ここで注意しなければいけないのは、情動はあくまで絶対的意味にしか関与しておらず、参照的意味の領野は残されており、また情動それ自体が絶対的意味ではないということである。
メイヤーはそれに頁を割いてはいないので最後まで確かめることはできない*3

Ⅱ章:予測と習熟

こっちも勉強会ではやったんですけど、予測の内実が詳しく述べられていました。

1つだけ書くとしたら、sound terms という言葉について。
これが主にⅡ章で論じられるのだけど、日本語文献をあたると「音述語」みたいな訳語がありました。
これは微妙だと思います。term は多くの意味を持っているので訳語を選ぶのは大変ですが*4
なぜかというと、メイヤーはここで sound terms は異なった時点では異なった意味を持つものとして規定しています。つまり、同じ sound terms であっても作品内の文脈が異なれば異なる期待を生むということです。
ここでは、何か決まった音の並びを含意されておらず、むしろ音の関係(ドの次に何度上の音がきてその次は何度下の音がくるみたいな)が問題になっているような気がします。

メイヤーはやっぱり大御所中の大御所なので、読めてよかったです。

あとハンスリック・リーマン、及びメイヤー・キヴィなどの音楽美学を刷新した人たちの思想は日本語じゃ全然だし、さらに言えばそれがうまく整理されているような気もしないので、音楽美学がもっと流行ればいいのになと思いました。

 

*1:Google Scholarでは引用数3725  !  

*2:ハンスリックやリーマンが近代音楽美学を大成した頃からの問題で、音楽が外的事物を表現・再現・指示できるかという問題が別にある。メイヤーは無理だと考えている

*3:この問題、メイヤーをやるにあたってすごい大事なものだと思うのだけど、結構見た感じ誤って捉えられがちなところはある。ある論文では楽曲に慣れ親しんでしまったために情動が薄まり、楽曲の意味もまた薄まるのではないか?という疑問提起がなされていたが、それは大きな誤り。メイヤー自身は、意味を捉える知的プロセスと情動を捉える感情的プロセスとは似ているけど同じだとはいっていないし、予期の産物が意味だというメイヤーの主張も同じくそれを含意しない。

*4:僕は「音関係(sound terms)」とかするのが良いと思います。