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病める無限の芸術の世界

芸術に言い訳する方法ばかり考えています。

【編集中】SEP:音楽哲学(The philosophy of Music)

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オンラインの哲学辞典といえば、インターネット哲学百科事典(IEP)とスタンフォード哲学辞典(SEP)の2つがある。

前者の方が入門的なのだけど、現代の音楽美学に関する網羅的な記事がないので*1、後者の中の音楽の哲学(The Philosophy of Music)の項を取り上げる。

 もちろん、前半に関してはshinimaiさんの要約をおおいに参考にしている*2

はじめに

音楽哲学とは、音楽の本性および音楽の経験についての基礎的な疑問に関する学問である。他の「X哲学」と同様に、音楽哲学も研究の標的領域に関する知識を前提とする。しかし、科学哲学とは違い、音楽哲学の標的は、ただ音楽文化[musical culture]の一員である結果としての、ほとんどの人々が意義深い背景を持っている実践[practice]である。音楽は多くの人々の生活のうちで中心的役割を果たしている。このように、形而上学と認識論の中心的疑問と同様に、ほとんどの人々がすぐに音楽がうむ哲学的疑問をつかめるだけでなく、学術的な分野自体に出会う前にこうした疑問のいくつかについて考えを持っていることだろう。

おそらく音楽は最も哲学的な難問を提示する芸術である。絵画と違って、音楽作品はしばしば複数の事例[multiple instances]を持ち、そのどれもが作品それ自体とは同定されえない。このように、[音楽]作品が正確に何であるのかという疑問は、絵画作品についての同様の疑問よりも初めは難解である。絵画は(少なくとも初めは)単純な物理的対象であるように思われる。多くの文学と違って、[音楽]作品の事例は演奏である。演奏は作品の解釈を示すが、作品はいかなる演奏からも独立して[independently of any performance]解釈されることが可能である。そして、演奏それ自体も解釈可能である。「解釈[interpretation]」のこの語り方は、われわれが音楽は意味に浸った芸術であると発見するという事実を指摘している。しかし、演劇[drama]と違って、純粋に器楽的な音楽[pure instrumental music]は明白な意味論的内容[semantic content]を持たない。多くの哲学者のこうした主題についての考えは、音楽がある意味で抽象芸術でありながら、情動を表出するという見かけ上の能力に軸をおいている。

この記事は、ほとんど近年の――ここ50年以内以降の――そして分析的脈絡(大雑把に理解された)における音楽哲学における研究にだけ焦点を当てる。音楽哲学の歴史、主要な人物、他の分野とのつながりをを網羅する音楽哲学のより大まかな導入、そしてここで対象とされる以上の広い話題については、Gracyk & Kania 2011. を参照せよ。

The Routledge Companion to Philosophy and Music (Routledge Philosophy Companions)

The Routledge Companion to Philosophy and Music (Routledge Philosophy Companions)

 

 ))。

目次

1. What Is Music?
 1.1 Beyond ‘Pure’ Music
 1.2 The Definition of ‘Music’

2. Musical Ontology
 
2.1 The Fundamentalist Debate
 2.2 Higher-level Ontological Issues
 2.3 Scepticism about Musical Ontology

3. Music and the Emotions
 3.1 Emotions in the Music
 3.2 Emotions in the Listener

4. Understanding Music

5. Music and Value

 分割することでビュー数を増やし怖い追ってをまく魂胆があります。

*1:ポピュラー音楽に関するものはある。(http://www.iep.utm.edu/music-po/

*2:ファンです。

d.hatena.ne.jp