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病める無限の芸術の世界

芸術に言い訳する方法ばかり考えています。

個人的音楽哲学・音楽美学で翻訳して欲しい著作

最近翻訳について色々考えている。
色んな翻訳を見ると色んな間違いがある。
超越論的が超越的になってたり、直感的(ないし情感的、美的)が美学的になっていたりと、偉い文庫の翻訳でも色々ある。

けど、翻訳があるからその研究が捗るよなみたいなのは確実にあって、雑なものであっても翻訳書で面白い著作が読めるかどうかで、その著作の分野に参入したがる学部生が現れるかどうかが決まっているように思う(最初から分野を決めている学部生とかは、いきなり原書とか読んじゃうもん)。

*追記(160212)
森さんが似たようなことを言っていました。
分析美学ってどういう学問なんですか――日本の若手美学者からの現状報告 / 森功次 / 美学者 | SYNODOS -シノドス-

例えば音楽美学。音楽美学は元々流行ってないからいいんだけど、それでも、Twitterとかシラバスで「音楽美学」で検索すると、結構な惨状なのが分かる。
分析的音楽哲学が授業で扱われていないのは当たり前でいいんだけど、例えばハンスリックとかデカルトとかの音楽論が扱われてない。しかも概説で。
何が行われているかというと、例えば演奏研究、例えば様式研究、簡単に言って音楽理論の分野で行われているやつ。もしくは音楽美学の中でも作品、作家論などの芸術学的要素の強いものばっかり。
これ、学部生に学ぶ機会を全然与えないですよね。
たぶん、音楽やってる人って(日本の指導の方法とかもあって)「表現ってなんやねんアホクサ」とか「演奏の理想ってなんよ」とか「ケージって音楽なん?」とか1回は考えたことがあるはずで、そういう人が上に上げた音楽美学の授業履修しても面白く無いと思うんですよ。

この原因になっているのが、教科書のなさだと思う。
たぶん今のところ哲学的な音楽美学の概説をしようとして、教科書指定できそうなものがない。
国安先生の『音楽美学入門』は古いし絶版、今道先生の『精神と音楽の交響』も絶版。

音楽美学入門

音楽美学入門

 

 

精神と音楽の交響

精神と音楽の交響

 

本もないし、大学の先生が音楽美学について教えてくれなければ、まともに学ぶのは結構難しい。というかまず興味を持つのが無理。
ブルレの翻訳もないしハンスリックも超古い訳しかない。

ということで音楽美学でこれ翻訳して欲しいな〜という著作をまとめました。
個人的なので音楽哲学に限ってます。というかさっきあげた「ケージって音楽?」みたいなやつってブルレとかは教えてくれないしね。

まず、
Graycyk, T. 2013. On Music. Routledge. 

On Music (Thinking in Action)

On Music (Thinking in Action)

 

このThinking in Actionシリーズは、専門と一般の中間みたいな著作で、たぶん英米圏でも学部生向けくらいの本だと思う。

英文も非常に易しいし、構成もわりといい。
そして、このシリーズからノエル・キャロルの On Criticism が今年勁草書房から出るかもしれないらしい(森さん訳)。
これを機にこっちの本も訳してくれないかなという気持ちがある。

音楽美学の人でなくても、分析美学の人であったり、分析哲学の音楽詳しい人であれば誰でも訳せると思う。

次、
Kivy, P. 2002. Introduction to a Philosophy of Music. OUP.

Introduction to a Philosophy of Music

Introduction to a Philosophy of Music

 

分析的な音楽美学の創始者とも言えるキヴィ先生による入門書。
これは少し分厚いし、中身もしっかりしてるけど、入門書としては今だに鉄板。
キヴィ先生日本にくるらしいので、それまでに翻訳は無理にしても、そこで翻訳権とる人とか現れるといいんちゃうかなと思っています*1
渡辺先生とかやってくれないだろうか。

あと個人的なやつ。
Levinson, J. 2011(1990). Music, Art, and Metaphysics. OUP.

Music, Art, and Metaphysics: Essays in Philosophical Aesthetics

Music, Art, and Metaphysics: Essays in Philosophical Aesthetics

 

これいい本なんですよ。
芸術(音楽)の定義から、音楽について、存在論、評価、真正性と、音楽にまつわるトピック盛りだくさんで、しかも専門的。
結構古いけど今読んでも面白い。
というかキヴィ先生とレヴィンソン先生の音楽哲学を下敷きに近年の音楽哲学は発展してきたので、これが翻訳されるといいんだけどなー。

 

ということです。
今みたいな授業で音楽美学、音楽哲学が学べないのって、ぶっちゃけ特殊音楽美学を音楽美学一般だと騙って授業しているお偉い先生が消えない限り変わんないと思う。
だからこういうのが訳されて、20年、30年したあとには、哲学的音楽美学が大学で、概説で、特講で、演習で、学べるようになるといいなぁと思います。

というかこのせいでそういう授業なさすぎて聴講で音楽美学を学ぶとかができないんだよ!!!

*1:

『踊り場 vol.1』読んだ

書誌情報がわからないのですが、『踊り場 vol.1』という雑誌を読みました。

編集長は芸術学科の後輩の野口翔平くん。
以下のサイトで、雑誌とepubとpdfのどれかの形式で購入することができる。

odoribamag.stores.jp

僕の学科は一応芸大の中にあるということもあって、5年〜10年に1回くらい在学生がこういう雑誌(ZINEというか批評誌というかなんというか)を作っている。

内容は、展覧会紹介、作家紹介、批評、美術に関わる情報と、よくある美術系の雑誌とそんなに変わらない感じだった。

素直な感想です。

最後の美術と技術の連載という野口くんの章は面白かった。

何故かというと、これはアートじゃない。少なくとも、アートの文脈に乗っかろうという意図や、これを作品にしようという気持ちは感じられなかった。

野口くんの活動は、アートって付されてもおかしくないようなことを、かなり日常的にやっていて、それを日常的にやるというアートにしてないところが面白い。

実際、絵を描いたり、写真したり、歌を歌ったりっていうのをアートとか創作とかの文脈にのせるのは僕も好きでない。(だからツイッタの落書きアカウントに創作とか描いてあるとぶち殺したくなる。)

美術と技術は本当に日常にできるし、それは普通におもろいことなんやなという感覚を勝手に読み取った。よかった。

微妙だったのは布施くんの章。

布施くんは、僕は面識はないけれど、図書館でビテチョウを読んでいたり、色々活動したり、やおきさんのロジカルに出てたりと、活動的だしすごいと思っている。

けれど、これを少なくとも批評(critic)*1として出すには、ちょっと勉強が足りない。

というか、絵画史を自分の論に寄せすぎている。それはいいんだけど、もっと説得力が欲しかった。

物語という軸にするにしても、これを批評としてしちゃうと、たぶんおえらいさんの(僕の嫌いな)批評家の人とかgnckさんとかに、絵画史のところもちょっとしっかりしろと叩かれると思う。

星野さんという人のは意味わからん。

ハイデガーの「衝突」とか言われても、意味わからん。『存在と時間』のことを多分言ってんのかな?

少なくとも、そういう概念を使うなら、原典とはいわんが、原語とかその意味とかくらいは示さんと、ただの権威主義にしか見えない。

なんかハイデガーに何かを感じていて、それを盛り込んだ詩にしたいなら、アリュージョンとかポリフォニーでもそういうことはできる。

てか普通はハイデガーって絵画との関わりの方が強いでしょう(ゴッホ)。

あと、フォントはもう少し吟味できると思ったのと、書誌情報が欲しかったかな。

色々言いましたが、たぶん出る限り買うので期待しています。

以下で自分の学科についての戯れ言

-----

*1:原本では、critiqueとなってますが、これだと批判という意味が強くなってしまう。『純粋理性批判』のcritiqueだし、英語圏だとこっちは批判、criticが批評という使い分けがある。

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モンロー・ビアズリー「意図の誤謬」

Wimsatt, W. K., & Beardsley, M. C. 1946. "The Intentional Fallacy." The Sewanee Review 54(3): 468-488.

元がこれで、初めはこれを読みました。
けどまとめる際には以下に入ってるやつでまとめました。
雑誌の方は結構無駄な例とかあって難解だったイメージなので、本の方がよいと思います。

Wimsatt, W. K., & Beardsley, M. C. 1954. The Verbal Icon: Studies in the Meaning of Poetry. University Press of Kentucky.

The Verbal Icon: Studies in the Meaning of Poetry

The Verbal Icon: Studies in the Meaning of Poetry

 

意図主義を叩いた偉い論文、けどやっぱり『分析美学基本論文集』に入ってるレヴィンソン以降の論文と比べると洗練度が全然違う。

逆にこれを読むとレヴィンソンの記述がえらい洗練されたものに見える(レヴィンソン自体の文章は洗練タイプではない)。 

昔作ったレジュメの抜き出しかつ訂正していないのでこのブログの中でもクオリティが低すぎる。

分析美学基本論文集

分析美学基本論文集

 
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【現音美】次回は1月27日

宣伝記事です。

次回の現代の音楽美学勉強会は1月27日に行います。
場所は東京藝術大学上野キャンパス音楽学ゼミ室(予定)。
開始時刻は18時30分です。

読む文献は、Levinson, J. "What a Musical Work Is, Again." 1990.
1980年の文献の批判に答えて自説を若干修正したものです。
1980年のやつのまとめ→ジェロルド・レヴィンソン「音楽作品とは何か」

↓この本に入ってます(kindle版はこのリンクで

Music, Art, and Metaphysics: Essays in Philosophical Aesthetics

Music, Art, and Metaphysics: Essays in Philosophical Aesthetics

 

当日はレジュメを僕が切ります。

春休みは徐々に勉強会に復帰していきたいですね。

当勉強会ですが、このレヴィンソン論文を皮切りに、書籍中心に読み進めていく予定です。
本の合間合間で論文を読むことも考えてますが、基本的に書籍から。

まずはじめは、Gracyk, T. 2013. On Music. Routledge. 読む予定です。 

On Music (Thinking in Action)

On Music (Thinking in Action)

 

ラウトレッジのThinking in Actionシリーズの音楽本です。
中身は音楽哲学の入門になってる(けど存在論みたいな込み入ったやるはあんまりない)。難しすぎなくてよい。

ノエル・キャロルの On Criticisim が出てるのもこのシリーズですね*1

On Criticism (Thinking in Action)

On Criticism (Thinking in Action)

 

次にキヴィの入門本*2とかにすすもうかなという感じです!

音楽の哲学や音楽美学に興味有る方はぜひこれを機に参加してください。

*1:森さんの翻訳が出るならこれの翻訳もいずれ出て良いのではないか

*2:これです

Introduction to a Philosophy of Music

Introduction to a Philosophy of Music

 
Introduction to a Philosophy of Music

Introduction to a Philosophy of Music

 

デイヴィッド・キャリアー「ヴィンケルマンとペイター――美術史著述のふたつの様式」

Carrier, D. 1993. “Winckelmann and Pater: Two Styles of Art-Historical Writing.” In Principles of Art History Writing. Penn State Press.

Principles of Art History Writing

Principles of Art History Writing

 

松尾先生の授業で読んだメタ美術史の論文。
メタ美術史という用語は(英語圏でも)多分あんまり定着してない。少なくともウィキペディアにはないし、この用語を自覚的に用いている著作もあんまりない。
というか僕はこのキャリアー先生しかしらない。
けど勉強しようという気持ちはあるので、この本はちょいちょい読もうかなと思っている。

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バウムガルテン『美学』文庫版を購入

アレクサンダー・ゴットリープ・バウムガルテン『美学』松尾大訳、講談社学術文庫。 

美学 (講談社学術文庫)

美学 (講談社学術文庫)

 

今日発売の上の著書をかいました。(kindle版予約中らしい→美学(kindle)

これが写真なんですが、でかいですね。

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僕の手のサイズが女の子の中でも小さめくらいのサイズなので余計にでかく見えてます。

雑感や変更点などまとめます。

  • 解題がゼロから作られていて、最新の研究をまとめている。それに結構短いのにすごい勉強になる。
  • 訳語が結構変わっている。特に昔OKだけど今はあんまりダメな訳語を変更したとおっしゃっていた。
  • 巻末注じゃなくなったので見やすい。前のやつはかなり見にくかったから、脚注なのは非常によい。
  • 分厚すぎる。分厚すぎてページおくりがしにくいです。
  • 電子版を出す予定がある(らしい)。らしいです。いつなのか不明。ページおくりのしにくさを考えると、そっちでもいいかもしれません。
    しかし、バウムガルテンの著作は言いたいことをすべてセクション(§)で書いているので、各セクションの中に既にされた記述やこれからの記述があると、(§○○)といった形でリンクがあるんですよね。それも踏まえるとまぁ文庫の方が関連付けて読みやすくはあるかもしれないです。

あと、これは起源としての著作で、今の美学が問題にしていることが並んでいるというわけではないです残念ながら。
変な反応があるのを楽しみにしています!

ブログっぽいことやる

お題「ブログをはじめたきっかけ」

ブログっぽいことやろうと思ったらバトンかお題しか浮かばなかったのでとりあえずお題スロットやったらブログっぽいお題が出た。

ブログはもう長年乗り換え乗り換えやってきていて、FC2、アメブロライブドア、シーサー、ブロガーあたりはそれぞれ使ってきたことがあります。

勉強会のまとめにしようと思ってこれを作ったときにはてなに引っ越してきました。

2016年でたぶんブログ初めて8年くらい立ちますが、はじめはただ「ブログがしたい」でした、流行ってたし。

このブログをはじめたきっかけは、勉強会のまとめを還元するため、あとはブログを再開したかったからという普通の理由。

バトンを回し日々相互リンクのブログにコメントし、なんでもない記事ばっかり書いていた時代や、まったく知らないプレビュー数日に15くらいのブログをまわるのにはまっていた時代を経て、使い方はかなり変わったけれどブログは好き。

というかパソコンを始めたときがギリギリニコ動が存在しないくらいのときだったので、テキストサイトとフラッシュ系のサイトくらいしかやることを知らなかった(小学生だし)。

今も変わらずテキストサイトの雰囲気が好きなのでブログを続けています。

というかブログの記事とかコメントで論争するやつ、Beefっぽくていいよね。

あとTwitterミニブログとか言われている時代(たぶんerrorさんが垢作ったくらいの時期)にブログ感覚で(相互米とかそういうのだけやるやつ)やってたけど、高校時代ずっとやんなかったらアルファツイッタラーとかリツイートとかできててくっそびっくりした記憶があります。

そんなこんなでブログをもっと活用する年なのでブログを更新しました。

2016年の抱負

blogをさかんに使いたいです。

ツイッターをなるたけ使わないようにしたいです。
いい卒論を書いて卒業したいです。
悪い縁をすべて切り、良い縁を続けたいです。

2015年を振り返って

なんとなく1年を振り返ります。
理由はクリスマスが来てしまうとゆっくり1年を振り返る余裕がなくなるからです。

勉強関連

最近色々停止してた感じもありますが、勉強会をほそぼそと継続していました。
今年は分析美学勉強会(森さん主催のやつ)、分析美学鬼嫁会、現代の音楽美学勉強会、バウムガルテン勉強会に行ってました。
コンスタントに行ってたのは現音美だけで、あとは休み休みって感じです。
個人的には、下請けみたいな仕事を一本やったのと、学会発表に向けて一本原稿を書きました。

あとバウムのやつの翻訳に関わったことになってます。
学会発表ではここ5年くらいの作者性の議論で贋作とか剽窃の話をしようと思っていたのですが、学会自体がなくなってしまったので頓挫。
また研究をすすめて機会があればやります。
卒論ではグッドマンをやるのは変わらず、認識論的な同一性の話をしようと思っていたのを存在論的な同一性の話をしようというふうに転換をしました。
理由は先行研究が豊富なのと、やっぱり存在論に興味があったの、それと近年の個別化(individuation)に関する議論が面白そうというもの。
あとは美術史と哲学に対する学問的興味が強まった年でした(遅すぎる)。

けど個人的に研究をやめようかとか院じゃなくて普通に就職すればええのでは、と思う機会がめちゃめちゃありました。
ちょうど一年前に家庭のあれで色々あったし、何より僕が研究者になると、死ぬまで研究したいという意欲だけを燃料に異様に燃費の悪いエンジンを回さなきゃいかんわけです。
お金もないしね。
色々考えましたが頑張るということにしました。
院進はします。

今後共よろしくお願いします。

生活関連

もちろん勉強も生活なのですが。
今年は太りました。
あと自炊をわりと行っていました。
バイトに遅れることが多かったのでリマインダとかを一新したいですね。
僕は不真面目なのに今年はバイト先の子が真面目なので受かってくれることを祈っています。
それと部屋のスペースが減ってきたので自炊を検討中です。
年末はお墓参りをしてゆっくり過ごします。

今はとりあえず墓参りだけがしたいです。
地元に帰るとクソ性欲男子やヤンキー男子といった過去の同級生に会わねばならんのでそれは嫌です。

来年も頑張るよ

とりあえず卒論と院試があるのでそれの勉強をします。
具体的には過去問をめっちゃやりながら、哲学・美学・美術史の古典をまんべんなく読みます。
読んだらリストとか作って公開しよう。
あと入門書はもちろん。

語学は英語と仏語で行くことにしました。
今は日英仏独羅(読める順)しか読めないので、ギリシャ語か何かに挑戦してもいいかなと思ってます(が必要か?)。

あと院試とかに向けて英会話とトーフルやります。
留学に関して金がなさすぎて視野にも入れたことがなかったのですが、海外の博士はお金がもらえるという情報を得たので考え中です。

読書会は積極的に出る。

日常的には、自炊と自炊(本)と諸データ化を頑張ろうかなと。
最近iPadに不満が多くAndroidの良さに気付いてきたので、携帯とラップトップの構成になっています。
それに際して、evernoteとかgoogle系のアプリとかをもう少し使いこなせるようになる。

あとは人に嫌われないように優しくなりたいと思います。

おわり。

SEP:音楽哲学 第一章「音楽とは何か?」

SEPのPhilosophy of Musicの中の1. What Is Music?の訳出です。これも1日1時間くらいでぼちぼち始めます(12/21)*1。眠れないのでやってたら終わりました(12/22)。

SEP:音楽哲学の訳出リスト
まとめ
第一章:音楽とは何か?(ココ)
第二章:音楽の存在論

*1:クリスマスまでには終わらすぞゴラ

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SEP:音楽哲学 第二章「音楽の存在論」

SEPのPhilosophy of Musicの中の2. Musical Ontologyの訳出です。1日1時間くらいやります(12/14)。終わりました(12/16)。更新(2017/03/16)

SEP:音楽哲学の訳出リスト
まとめ
第一章:音楽とは何か?
第二章:音楽の存在論(ココ)

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ジェニファー・ロビンソン「音楽における情動の表出と喚起」

Robinson, J. 1994. "The expression and arousal of emotion in music." Journal of Aesthetics and Art Criticism, 13-22.

音楽作品の情動に関して、これまでの議論を整理・批判し、新たな論をたてた古典的論文です。

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バルト「作者の死」は解釈と意図に関する議論でない

ツイッターで作者の意図に関する話がいろいろでてた。
トゥゲッターとかでまとめる元気はないので詳しくは「作者の意図」とか「分析美学」とかで検索してください。

分析美学以外の領域(たぶん文学理論とかですかね)だとバルトの「作者の死」がまずその代表として挙がることが多く、続いてフーコーとかブースとかビアズリーが挙がるっぽい。

分析美学は意図と解釈の問題を2010年くらいまで熱心に議論してきたので、そこらへんに関してはかなり含蓄がある。
日本語だと『分析美学入門』第七章と『分析美学基本論文集』に入ってるレヴィンソンの「文学における意図と解釈」でアクセスできる。

分析美学入門

分析美学入門

 
分析美学基本論文集

分析美学基本論文集

 

たしかにここらへんの分析美学の議論が作者の意図に関して議論してきたのは事実なんだけど、バルトとフーコーらの議論と同じ問題を扱っているかと言われるとかなり疑問がある。

バルトとフーコーの作者の議論は、解釈する際に作者の意図がどう関わるのかという問題ではなく、意味の確定の際に作者性(authorship)がどう関わるのかという問題にこたえようとしてるように思われる。
バルトの要点は以下になる。
  1. 作者というのはわれわれの社会によって生みだされた近代の登場人物である。
  2. 作者は死んだ。
  3. なぜなら、書くこと(エクリチュール)はあらゆる声、あらゆる起源を破壊するからである。
  4. そのエクリチュールが収斂するのが読者という場である。

 これが正しいかどうかはあれとして、少なくとも必ず言える意図主義の議論との違いがある。

意図主義の議論では、解釈をするときに作者の意図が参照可能か、そして参照しているとするとそれはどのような作者の意図か、が議論されてきた。
一方バルトの議論は、解釈(バルトがいうには批評)は作者の人格を求めて意味を確定しようとするものであり、それが誤りであると主張するものである。
ここで人格として言われているのは、「人格、経歴、趣味、情熱」である。(ロラン・バルト「作者の死」『物語の構造分析』所収, 花輪光訳, みすず書房, p. 80-81.)

作者の人格は意図に関連しているだろうし、作者の人格を求めることで意図に行き当たることもあるだろうけど、直接論じられているのは別のこと。

バルトの議論はどちらかというと、「解釈が作者性(authorship)*1によって意味の確定をめざす」というテーゼの否定に向かうもの。

やっぱり意図の参照に関する議論と作者性に関する議論は結構違う。
有名どこだと、Kelly, M. 2014. Encyclopedia of aesthetics. Oxford: OUP.に入ってるauthorの項目(執筆: Darren Hudson Hick.)だとそこら辺の議論は分けて紹介されているし、2010年以降くらいのauthorship関連の議論を見ても、意図の議論とは異なるものとして扱われている(そしてバルトはちょくちょくひかれる)。

ということで、バルトは確かにいわゆる「主体」を退けようとして「作者の死」を書いたのはわかるけれども、それが意図に関する議論かというとそれは微妙に違うのでは、と僕は思っています。

*1:これの訳語は作者性でいいと思いますが、中身で言われているのは「作者とは誰か」ということです。

ご恵投:松田准一『隕石でわかる宇宙惑星科学』

生まれて初めて謹呈を頂きました。
大学で同期入学した阪大名誉教授でいらっしゃる松田准一さんから『隕石でわかる宇宙惑星科学』をご恵投いただきました。

隕石でわかる宇宙惑星科学 (阪大リーブル051)

隕石でわかる宇宙惑星科学 (阪大リーブル051)

 

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目次以下です

はじめに

第1章 隕石がやってくる宇宙とは?
1 宇宙の構成
2 宇宙の広がり
3 宇宙の誕生
コラム1 天地創造の日
4 空間とは?
5 恒星の誕生と転生
6 天文学最大の謎
コラム2 相対論効果による若返り法
7 宇宙の研究はどのように行われるのか?

コーヒーブレイク・隕石カフェ1 数式に美しさを感じるか?

第2章 隕石の故郷である太陽系
1 太陽系について
2 岩石の惑星とガスの惑星
3 太陽系の誕生
4 同位体科学について
5 月について
コラム3 アポロ宇宙船の月着陸について
6 太陽系探査
7 太陽系内移住

コーヒーブレイク・隕石カフェ2 宇宙トンボ

第3章 隕石と彗星のふしぎ
1 流れ星と隕石
2 隕石の落ち方とその量
コラム4 直方隕石とカーバの石
3 隕石の種類と命名法
4 隕石の見分け方
5 隕石はどこからやってくるのか?
コラム5 小惑星の名前
6 隕石中の元素の特徴
7 鉄隕石について
8 隕石の衝突と生物の絶滅
9 クレーターの科学
コラム6 隕石をどのようにして手に入れるのか?
10 隕石中のダイヤモンドとその起源
11 太陽系の形成以前の歴史
12 星の中の元素合成のタイムスケール
13 希ガス同位体科学の最大の謎
14 隕石と彗星
15 テクタイトとは?

コーヒーブレイク・隕石カフェ3 アンダース教授の思い出

第4章 ロケットと宇宙探査
1 ロケットの飛行法
2 人工衛星
3 宇宙ステーションでの生活
4 「はやぶさ」の快挙とは?
5 「はやぶさ2」で何をめざすのか?
6 宇宙人の存在について

コーヒーブレイク・隕石カフェ4 芸術と科学者

おわりに

 

物理は高校ですら履修していないので俗な知識しか持っていないのですが、これは想定している読者がおそらく僕のような人なのでつまずくことなく読めました。
一SFファンとしても面白いです。

哲学的に面白かったのは、「第1章 隕石がやってくる宇宙とは?」で、特に存在論的な話が色々ありました。
ことさら「空間とは?」の節では、空間一般の議論もそうなんですけど、次元の話が特に面白かったです。
どういうことかというと、超ひも理論とか以外に「われわれが大きすぎて認識できていない次元が存在するかもしれない説」みたいなものがあるらしく、そこらへんの物理の話は一般的な存在論が一生付き合っていかなくちゃいけないとこだと思いました。
今日の高田さんのブログに、

存在論って二種類あって、
ひとつは、「物理的なものしか存在しない」みたいな偏狭な世界観から出発して、その世界観の中にいろいろなものを位置付けようとする(あるいは、うまく位置づけられなくて元の世界観を微修正していく)
もうひとつは、常識的にあると考えられている(あるいは語りや思考の対象である)ものは全部認めた上で、それらのものの同一性や存続の条件を与える
私は後者の方が好き

Nurbay Irmak「ソフトウェアは抽象的人工物だ」 - うつし世はゆめ / 夜のゆめもゆめ

 というのがあったけど、僕も後者派でよかったなと思いました(というか前者では基本的に芸術の存在論は成り立ちづらいので…)。

美学的に面白かったのは「数式の美」のところ。
僕もまさにその授業にいて発言をしていたことを思い出しますが、今は色々違ったことが言えそうです(不勉強なので言いませんが)。

松田さんありがとうございました。

音楽哲学の書籍まとめ

音楽哲学というのは(日本では)悲しい分野で、ここ30年くらいの英米哲学界隈(特に美学界隈)だとかなり大きく発展した分野にも関わらず、日本語で読めるまとまった書籍が存在しません。

強いてあげるなら『分析美学入門』くらいでしょうか。

ということで僕のためにも書籍をまとめます。
僕の知らないものを知っている方は教えてくださると助かります。
長くなったんで追記で。

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